こんにちは。
アートギャルリー日本ぶっくあーと 見習い12年目のマユミです。
いつもスチャラカ社長から仕事を丸投げされています。
今日は、社長が個人的に言っている
“絶対に見逃したくない美術展トップ3”の補足説明をします。
KORIN展 2012年4月12日~5月20日 根津美術館
昨年4月に開催される予定でした。
東日本大震災にともなう諸事情で延期されていた展覧会です。
KORINとは
そうです、
尾形光琳(おがた こうりん/1658~1716)のこと。
江戸時代を代表する京都人の画家です。
美術の教科書に載っていましたね。
KORIN展には、光琳の傑作
『燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)』と
『八橋図屏風(やつはしずびょうぶ)』が出展されます。
この2点は、日本とアメリカに離れ離れに所蔵されています。
なんと、約100年ぶりにKORIN展で再会!
Oh! ワンダフル!
根津美術館さま、ありがとうございます。
先日70歳を迎えたばかりの当ギャラリーのスチャラカ社長。
「このチャンスを逃すと、次は100年後になるかもしれない。
170歳まで待てない」ということで
絶対に見逃したくない美術展のひとつに選んだのかも。
『燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)』
屏風にかきつばたのみが描かれている作品です。
かきつばただけなのに、えも言われぬリズム感と調和。
使われている色は、屏風の金、かきつばたの群青(ぐんじょう)、
そして葉と茎の緑青(ろくしょう)と必要最小限。
しかも、花と茎は同じパターンの繰り返し...
それなのにあの美しさ。
The 洗練。
根津美術館所蔵。
国宝です。
『八橋図屏風(やつはしずびょうぶ)』
『燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)』と混同されやすいです。
決定的な違いは、橋が描かれているということ。
花の柔らかな線と橋の直線...構成が本当に素晴らしいですね。
こちらは『燕子花図』を描いてから十数年後に制作されたそうです。
ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されています。
写真:
尾形光琳『八橋図屏風(ニューヨーク・メトロポリタン美術館)』と日本ぶっくあーとのスチャラカ社長
尾形光琳について
光琳(以下、KORIN)は興味深い絵師です。
KORINと私との最初の出会いは名画集です。
小学校高学年の時でした。
解説を読んでも全部は分かりませんでしたが、
感想は「どうしようもない人、でもなんとかなっちゃう人」。
京都の "ぼん" ですやん
町人といえど華麗なるアッパークラスのお家柄。
裕福な呉服商当主の次男として生まれた、京都のぼんぼん。
30歳の時にお父さんの宗謙(そうけん)が亡くなった後も、
手に入った多額の遺産で派手なくらし。
4人の女性にそれぞれ一人ずつ子供を産ませたとか...
金がのぅなってしまいましたよ
さすがに30代の終わりには経済的に大ピンチ。
本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)のすずり箱や
俵屋宗達(たわらやそうたつ)の屏風を質に入れたりする始末。
家の財産を食いつぶしたあとは、貸し金業に手を出して大失敗。
ほな、描きましょか
5歳年下の弟・乾山(けんざん/陶芸家)もたまりかねて忠告。
弟が焼いた陶器の焼付けを手伝ったり、
着物の小袖に絵を描いたりして、
画技で生活するようになりました。
名を“光琳(こうりん)”と改めたのは34~35歳頃。
画家として生きていく決意を固めたのが40歳頃です。
前述の『燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)』は
40代半ばころの作品とされています。
育ちと才能やね
KORINは58歳で亡くなっていますが
20年足らずの画家生活で、残したのは見事な作品ばかりです。
リッチな実家&華麗なるファミリーのおかげで
最高の芸術に触れて育ったからでしょうか。
好き勝手に遊んで暮らして堕落。
でも、ただの放蕩(ほうとう)息子に終わらなかったところがすごい。
華麗なるファミリー
ひいおばあ様
本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)のお姉さん。
光悦は江戸時代のマルチ芸術プロデューサーです。
おじい様 宗柏(そうはく)
学問はもちろん、書・能・茶をたしなみ、
叔父さんにあたる光悦の画塾で手ほどきを受けた方。
お父様 宗謙(そうけん)
光悦のお弟子さんに書を学んだり、
狩野派の絵を学んだりした風雅な旦那。
KORINに絵や能を教えた。
さて、今回はここまで。
KORINに言われそうです
「良い時計してはりますなぁ」。
( = はなし長いよ)
2012. 01. 16.
アートギャルリー日本ぶっくあーと
見習い12年目
マユミ