価格:220,000円(税込)
レオナール・フジタ「聖母子」
画寸:タテ 81.5 × ヨコ 54.2 cm
制作年:1959年
原画所蔵:ランス大聖堂(フランス・ランス市立美術館寄託)
パリから北東へ140kmほど離れた「シャンパンの首都」とも言われる町、ランス(Reims)。フランスの歴代国王の戴冠式が行われたノートルダム大聖堂が有名です。
1959年、藤田嗣治(ふじた つぐはる)は夫人とともに、この大聖堂で洗礼を受け、洗礼名「レオナール」を授かりました。
「聖母子」は、洗礼を受けた際に同寺院に献納された「レオナール・フジタ」としての最初の作品です。
1886年、東京府牛込区(現・新宿区)に生まれる。父は陸軍軍医総監を務めた人物で、父の上司であった森?外の勧めもあり、1905年(19歳)に東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科に入学。黒田清輝に師事するも、当時主流だった印象派の画風になじめず、独自の感性を温め続けた。1910年(24歳)に卒業後、父の援助を得て1913年(27歳)に単身渡仏。パリのモンパルナスに居を構え、モディリアーニ、ピカソ、キスリングらエコール・ド・パリの画家たちと交流を深めた。
第一次世界大戦下の貧窮した生活を乗り越え、1919年(33歳)にサロン・ドートンヌへ出品した6点がすべて入選。翌年には審査員に推挙され、1922年の出品作《寝室の裸婦キキ》が画壇に大きな反響を呼んだ。1925年(39歳)にはフランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を受章し、エコール・ド・パリを代表する画家としての地位を確立。
1940年(54歳)に帰国し戦争画を制作。戦後の1955年(69歳)にフランス国籍を取得し、1959年(73歳)にカトリックの洗礼を受け「レオナール」の洗礼名を授かった。1968年、チューリヒにて死去、享年81。
藤田嗣治の作風の特徴は、日本画の技法を油彩に取り入れた独自の表現にある。面相筆で描く墨線のような繊細な輪郭線と、自ら開発した乳白色。そのなめらかな下地「グラン・フォン・ブラン」が生み出す透明感のある肌の表現は、西洋画壇に衝撃を与え、画商が作品を奪い合うほどの絶大な人気を博した。
裸婦像と猫を主な画題とし、作品には西洋の技法の中に日本人ならではの繊細な感性が宿っている。
パリ市立近代美術館、ポンピドゥー・センター(フランス国立近代美術館)、ランス美術館、ジュネーヴ美術歴史博物館、国立西洋美術館、東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、ポーラ美術館(国内最大級のコレクション)、秋田県立美術館(平野政吉コレクション)、アーティゾン美術館など。