• パブロ・ピカソ Pablo Picasso「母子像」リトグラフ
ピカソ 母子像 エスタンプ版画作品 ピカソ 母子像 エスタンプ 額付 ピカソ 母子像 版画作品 ピカソ 母子像 版画

価格:0円(税込)

商品説明

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作品仕様

技法
リトグラフ(エスタンプ)
画寸(約)
タテ 50 × ヨコ 38.5 cm
額寸(約)
タテ 92.5 × ヨコ 60.5 cm
サインなど
刷り込みサイン
状態
その他
額付き

パブロ・ピカソ (Pablo Picasso) 1881-1973

早熟な才能と「青の時代」

1881年スペイン・マラガ生まれ。美術教師の父に10歳頃から本格的な指導を受け始める。「ほんの小さな頃から子供らしい絵を描いたことはない」と自身が語るほどの技量で、神童ぶりを発揮した。1900年(19歳)にパリへ進出。親友の死や貧困を背景に、青い色調で底辺の哀愁を描く「青の時代」を経て、サーカス芸人などを温かみのある色彩で描く「バラの時代」へと移行。若くして独自の表現を模索し続けた。

「キュビスム」の革命とゲルニカ

1907年(26歳)、美術史の転換点となる作品《アビニヨンの娘たち》を制作。対象を幾何学的に解体・再構成するこの試みは、ジョルジュ・ブラックと共に「キュビスム(立体派)」として体系化され、20世紀美術に決定的な革命をもたらした。1937年(56歳)にはスペイン内戦の悲劇を描いた巨大壁画《ゲルニカ》を発表。暴力への抗議と平和への祈りを込めたこの作品は、反戦のシンボルとして世界的な重要性を持っている。

ソフィア王妃芸術センターにてピカソ作品を鑑賞する太田唯男
On-site Report スペイン・マドリード「ソフィア王妃芸術センター」にて撮影。ピカソ《水浴の女》(La Nadadora / 1934年作)と、日本ぶっくあーと代表 太田唯男。(Photo by nihonbookart-mayumi)

飽くなき変貌と美術史的評価

シュルレアリスムへの接近や、第二次世界大戦下の苦悩を昇華させつつ、陶器・版画・彫刻などあらゆるメディアで制作を続けた。生涯に数万点におよぶ絵画・素描、10万点近い版画、300点以上の彫刻などを残し、「最も多作な画家」としてギネスブックにも認定されている。既存の価値観を破壊し再生し続けたその芸術は、20世紀最大の巨匠としての揺るぎない評価を確立している。

地中海の光とピカソ美術館

戦後の1946年、南仏アンティーブにある海辺の古城「グリマルディ城」にアトリエを構える。地中海の眩い光に包まれたこの場所は、後に世界初の「ピカソ美術館」となった。初期の傑作を収蔵するバルセロナ、膨大な遺贈作品を誇るパリと並び、ピカソ芸術を今に伝える聖地となっている。

南仏アンティーブ ピカソ美術館の外観
On-site Report 現地、南仏アンティーブ「ピカソ美術館」を撮影。かつてのアトリエであったグリマルディ城。地中海の光の中で、彼は数々の傑作を生み出した。(Photo by nihonbookart-mayumi)

主な作品収蔵先

パリ・ピカソ美術館、バルセロナ・ピカソ美術館、ソフィア王妃芸術センター(マドリード)、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、箱根彫刻の森美術館 ほか

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