母子のぬくもりがやさしく伝わる、ピカソ《母子像》
《ゲルニカ》《泣く女》《ドラ・マールの肖像》など、数々の名作を生み出したパブロ・ピカソ。1963年作《母子像》をエスタンプ(複製版画)で再現した作品です。母親の愛情が伝わってくるような温かな雰囲気が魅力。おしゃれなインテリアとしてお楽しみいただくのに最適です。
作品仕様
- 技法
- リトグラフ(エスタンプ)
- 画寸(約)
- タテ 50 × ヨコ 38.5 cm
- 額寸(約)
- タテ 92.5 × ヨコ 60.5 cm
- サインなど
- 刷り込みサイン
- 状態
- 良
- その他
- 額付き
パブロ・ピカソ (Pablo Picasso) 1881-1973
早熟な才能と「青の時代」
1881年スペイン・マラガ生まれ。美術教師の父に10歳頃から本格的な指導を受け始める。「ほんの小さな頃から子供らしい絵を描いたことはない」と自身が語るほどの技量で、神童ぶりを発揮した。1900年(19歳)にパリへ進出。親友の死や貧困を背景に、青い色調で底辺の哀愁を描く「青の時代」を経て、サーカス芸人などを温かみのある色彩で描く「バラの時代」へと移行。若くして独自の表現を模索し続けた。
「キュビスム」の革命とゲルニカ
1907年(26歳)、美術史の転換点となる作品《アビニヨンの娘たち》を制作。対象を幾何学的に解体・再構成するこの試みは、ジョルジュ・ブラックと共に「キュビスム(立体派)」として体系化され、20世紀美術に決定的な革命をもたらした。1937年(56歳)にはスペイン内戦の悲劇を描いた巨大壁画《ゲルニカ》を発表。暴力への抗議と平和への祈りを込めたこの作品は、反戦のシンボルとして世界的な重要性を持っている。
飽くなき変貌と美術史的評価
シュルレアリスムへの接近や、第二次世界大戦下の苦悩を昇華させつつ、陶器・版画・彫刻などあらゆるメディアで制作を続けた。生涯に数万点におよぶ絵画・素描、10万点近い版画、300点以上の彫刻などを残し、「最も多作な画家」としてギネスブックにも認定されている。既存の価値観を破壊し再生し続けたその芸術は、20世紀最大の巨匠としての揺るぎない評価を確立している。
地中海の光とピカソ美術館
戦後の1946年、南仏アンティーブにある海辺の古城「グリマルディ城」にアトリエを構える。地中海の眩い光に包まれたこの場所は、後に世界初の「ピカソ美術館」となった。初期の傑作を収蔵するバルセロナ、膨大な遺贈作品を誇るパリと並び、ピカソ芸術を今に伝える聖地となっている。
主な作品収蔵先
パリ・ピカソ美術館、バルセロナ・ピカソ美術館、ソフィア王妃芸術センター(マドリード)、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、箱根彫刻の森美術館 ほか









