北斎の春画(枕絵)、幻の名品を完全復刻
見事な絵画芸術を生み出した、秘められた絵画、春画
江戸後期に広がりを見せた浮世絵は、江戸庶民文化の香りを伝えるために、絵画を通して大きな役割を果たしました。中でも表舞台では目立たなかったと考えられる 「春画」 は、男女の営みを、包み隠すことなく、自由で開放的にイキイキと創作され、見事な絵画芸術を生み出していたのです。
一般の浮世絵の域を超え、唐絵や日本画などと違い、秘められた絵画の芸術性は、ゴッホやモネ、ドガらに大きな影響を及ぼし、ピカソも真似たと言われるほど、世界中の美術家を驚かせました。
北斎春画の最高傑作であり 「幻の名品」 とうたわれた浪千鳥があります。この度、その中に収蔵する『願いがかなう』が北斎生誕250年の記念として制作されました。
北斎の春画とは
冨嶽三十六景の絵師として知られる北斎は、美人画のジャンルでも、妖艶でときに壮絶みのある女性を数多く描いています。ただ美しく官能的な女性美を描くだけでなく、うちに秘めた情感や血潮の熱気を描き出そうとする筆の力は、春画では、さらに自由奔放に発揮されていきます。
代表作『浪千鳥(なみちどり)』
北斎の代表作であり、あらゆる春画の傑作の筆頭に挙げられてきた『浪千鳥(なみちどり)』は、江戸時代文化年間(1804~18)の末頃に制作された大判錦絵十二図「富久寿楚宇(ふくじゅそう)」を原本にして制作されたものです。
「富久寿楚宇」は浮世絵の多色摺(たしょくずり)木版画で、各図に短文が書き入れられています。本図に相当する「富久寿楚宇」の図の書入れから、どんな情景を描いたかが、ある程度想像できます。
手間とコストを惜しまぬ制作
『浪千鳥』は、「富久寿楚宇」の主線(おもせん・黒線)摺りを元に、必要な図柄に一枚一枚手彩色で仕上げられた作品でした。
それは想像を絶する手間とコストをかけた制作となりました。北斎の娘で有名な浮世絵師・応為(おうい)もかかわったという伝説があるほど、力量のある絵師が動員されたに違いありません。
着物の柄を何色にも塗り分け、アンダーヘアを一本一本、極細の小刀で彫り重ねて柔らかさをだしていきます。さらに背景は雲母(きら・雲母の細粉に色を混ぜたもの)を引くという仕上げになっています。
題名は後世の命名ですが、表紙が浪文に千鳥の模様をあしらった桐板だったことに由来しています。このような芸術性の高い豪華画集が、江戸の富裕層に相当の需要があったことを想像させます。
「幻の名品」とうたわれた、北斎春画の最高傑作
当時と同じ材料と技法<手彩色木版画>でよみがえる
現代最高峰の超絶技巧で完全復刻!
今では、再現するのが至難の業といわれる当時の浮世絵の春画ですが、それぞれの持てる最高の技で完全復刻された証に、彫り師、摺り師、手彩絵師3名の落款と限定番号が入った保証書が添付され、また作品本紙の右下隅にも、三名の落款と通し番号が入って、謹製に手彩色木版画として制作したことを保証しています。
当時の姿をそのまま、現代によみがえらせたことは大変貴重であり、木版画としての美術的価値も兼ね、今後、あらたに制作することは、極めて困難で、将来にわたり、その希少性はさらに増すものと考えられます。
北斎『願いがかなう』復刻版画の制作について
江戸時代の浮世絵木版の制作方法をもとに、当時と同じ素材と材料をそろえ、当時の技法を継承する名人の超絶技巧により『願いがかなう』を仕上げました。
材料
作品の本紙は、人間国宝・9代目岩野市兵衛が漉いた、楮(こうぞ)100%の越前生漉奉書和紙を使用。版木は天然目の山桜柾目(まさめ)を使用。
彫り
絵師の構図を入念に確認し、版下を書き上げ版木に貼り込み、小刀と細ノミで、主線となる極細な線と形を彫ります。浮世絵の命のひとつである輪郭線を摺る主版では、髪の毛の一本一本にまで墨線が彫られ、校合摺りを行い、続いて色版彫りを行います。
摺り
摺り師は、色彩を摺り入れる箇所を確認し、彫られた版木に着彩した上に、本紙をのせ、各色ごとにバレンで摺りを行います。着物や帯紐などは、艶やかな色彩が刷られていきます。地肌の丸みをだすため、今ではみられない細部にいたるハッカケ版でボカジ摺りが加えられています。
雲母摺り(引き)と手彩色について
人物などの型紙を作り、摺られた人物の輪郭に型紙をあてがい、刷毛に白雲母をつけ、内から外へと何度もなぞるようにして塗っていきます。最後に、全体のバランスをみながら、要所要所入念に着彩をして仕上げます。
推薦者:富田 芳和
浮世絵研究家・美術ジャーナリスト
1954年生まれ。早稲田大学文学部美術史学専攻課程修了。旬刊紙「新美術新聞」編集長、美術ジャーナリスト、美術専門ライター、浮世絵研究家。国際浮世絵学会会員、「プロジェクト写真」出版。
富田芳和氏による推薦文
フランスでは、「世界でもっとも有名な絵は」と聞かれるとたいていの人は、モナリザと並んで、北斎の「神奈川沖浪裏」(かながわおきなみうら/冨獄三十六景の一作)を挙げるそうです。
『浪千鳥』の原本である北斎の錦絵集「富久寿楚宇(ふくじゅそう)」は、「浪裏」より少し前の時期に制作されたものですが、北斎の創造の高揚(テンション)が同じほどの高さで発揮されたものといって間違いないでしょう。
愛し合う男女を描くと、非常に複雑な姿になるので、歌麿でも余白を生かす構図をとりましたが、北斎は強引な力で画面いっぱいに押し込めてしまいます。そこにたわめられた息苦しいまでのエネルギーが一気に、絵を見る人に放射されてきます。
春画はひとり淫靡なイメージをむさぼるという楽しみ方もありますが、北斎は、イザナギ、イザナミの国生み神生み(くにうみかみうみ)神話や雨之鈿女尊命(アメノウズメノミコト)の好色な踊りなどと同じ、自然の中の大地母神のパワーを、絵画を通して解き放とうとしています。そこが、この絵の芸術性を理解する重要なポイントで、冨嶽から受けたインスピレーションにも通じるものです。
「世界でもっともパワーをくれる絵は?」と聞かれたら、私はためらいなくこの一点を挙げたいと思います。
浮世絵研究の権威が寄せる絶賛
戦後浮世絵研究の第一人者、吉田暎二(てるじ)は、浮世絵春画番付をつくり、東横綱に喜多川歌麿の『歌まくら』、西横綱に『浪千鳥』を挙げた。
近藤市太郎『秘蔵版北斎』
『浪千鳥』は写実的秘画として最高傑作である。清長の『袖の巻き』、歌麿の『歌まくら』に満足しない愛好家は、『浪千鳥』に来て、やっと、これあるかなと絶賛の声を上げるに違いない。
林美一『浮世絵艶本集成』29より
『浪千鳥』は単に北斎作品としてのみならず、全浮世絵秘画の最高傑作としても、あまりにも有名。
浮世絵秘画の最高傑作をぜひお手元で!
注:画像の陰部はボヤケさせていますが、お届けの作品は鮮明に摺られております
特に、頭部の一本一本の毛髪より、下部ヘアーの縮れの彫り・摺りは、大変困難を極め、春画表現の最大のクライマックスでもあります。彫りだけでも2週間以上かかり、摺りも墨の量を板木にのせ、摺る力の入れようも最も神経を使う場面です。摺りあがった完成品を手に取って頂ければ、ひときわその技に感動いただけると思います。
作品解説
若い年上の女と、若衆(わかしゅう)です。若衆とは元服前(16歳前)の男子です。遊女は売れっ子でなかなか彼に逢うことができません。ようやく都合をつけて逢えて、二人は馴れ初めたばかりで、気持ちを通い合わせての交わりでした。
若衆は若さにあふれ何度も最高に達します。遊女は若い恋人を熱愛し、相手が心離れしないように懇願しながら、恍惚の境地にひたっています。
男は女の胸に顔をうずめ、女は男の背中に腕を回して力をこめて締め付けています。男の手は女の肩のあたりを握り締めています。愛し合う両人が最高潮を迎えた場面を描いたものということができるでしょう。下半身だけ着物がはだけているのも、お互いを求める待ちきれない心の高ぶりが如実に表されているようです。
喜多川歌麿は、情緒を醸し出すために余白を多くとり、北斎は内面のダイナミズムやパワーを表現するために画面を突き破るがごとくに隅々まで描き尽くし、自由に奔放が発揮されています。
モダン額装で洒落っ気にお飾りいただけます
洒落っ気にそっとお飾りできるモダンな額装は、本紙が簡単に取り外しできるよう工夫しております。また、付属の木製スタンドを使えばお好みの場所で自由にご利用いただけます。ご自身のプライベートな時間にお楽しみいただくも良し、仲間と一緒にご鑑賞いただくのも良しといった隠れた名品です。
作品仕様
- 技法
- 木版画 40版52度摺・雲母引き(きらびき)仕上げ、手彩色着彩
- 絵寸
- (大錦版 横絵)タテ 39.3 × ヨコ 27.2 cm
- 画寸
- タテ 38 × ヨコ 26 cm
- 和紙(こうぞう紙)
- 人間国宝9代目岩野市兵衛、越前生漉方奉書紙仕様、ドーサ引き(手作業)
- 限定
- 300部
- 付属品
- 高級布収納ケース(内:美術和紙タトウ包み、外:四方帙(チツ)収納画帳入り(青貝箔花菱文様緞子裂地))、サイズ タテ 32 × ヨコ 44 cm
- 額縁
- モダン差し替え額縁(全面アクリルガラス)、西陣生地張り仕上げ、金属ネジ止め、サイズ タテ 41.5 × ヨコ 53.5 × 奥行 1.7 cm、額スタンド(木製ブラウン仕上げ)付
- 証明
- 保証書付
- 解説書
- 付属
- 制作
- 大塚巧藝社
葛飾北斎 (Katsushika Hokusai) 1760-1849
江戸の町に生まれ、浮世絵界へ
1760年(宝暦10年)、江戸の本所割下水(現在の東京都墨田区)に生まれる。幼い頃から絵を描くことを好み、木版彫刻師の徒弟などを経て、19歳で浮世絵界の巨匠・勝川春章に入門。「勝川春朗」の画号で役者絵などを手掛け、浮世絵師としてのキャリアをスタートさせた。以後、90年の生涯で30回以上も画号を変え、93回もの転居を繰り返しながら、ただひたすらに画道の探求に没頭した。
『富嶽三十六景』と世界への影響
狩野派や住吉派、さらには中国絵画や西洋の陰影法・透視図法までも貪欲に吸収し、独自の画風を確立する。72歳の時に発表された『富嶽三十六景』(「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」など)は、当時の江戸に名所絵(風景画)の大ブームを巻き起こした。また、絵手本として描かれた『北斎漫画』は、後に海を渡り、モネやドガ、ゴッホなどヨーロッパの画家たちに大きな衝撃を与え、ジャポニスム(日本趣味)流行の牽引役となった。
生命力あふれる描写と、世界が熱狂する最高峰の「春画」
北斎の作風は、森羅万象を捉える圧倒的なデッサン力と、大胆かつ計算し尽くされたダイナミックな構図、そして「ベロ藍(プルシアンブルー)」を用いた鮮やかな色彩表現にある。
また、人間の性と生命の歓びを描いた「春画」の分野においても、美術史に残る傑作を多数残している。艶やかで肉感的な描写や、ユーモアを交えた豊かなストーリー性は他の追随を許さない。ロンドンの大英博物館をはじめ日本国内でも大規模な春画展が開催され大好評を博すなど、その芸術性は国際的にも高く再評価されている。
主な作品収蔵先
すみだ北斎美術館、東京国立博物館、大英博物館(イギリス)、メトロポリタン美術館(アメリカ)、ボストン美術館(アメリカ)、ルーヴル美術館(フランス)など。









