趣あるパリの街角
増田誠による油絵です。グレーを基調にパリの街角を描いた風景画。下町情緒がありながら、おしゃれな雰囲気が漂います。
作品仕様
- 技法
- キャンバスに油彩
- 画寸
- タテ 33 × ヨコ 41 cm(F6号 フランスサイズ)
- 額寸
- タテ 58 × ヨコ 66 cm
- サインなど
- サイン有、キャンバス裏にもサイン、タイトル、年記
増田誠 (Makoto Masuda) 1920-1989
代用教員から画家の道へ
1920年(大正9年)5月24日、山梨県南都留郡(現在の都留市)に生まれる。県立都留中学校を卒業後、美術の代用教員を経て、1943年(23歳)に陸軍少尉として北海道釧路へ派遣される。戦後の1945年(25歳)に北海道に入植。1947年(27歳)に、写実を追求する伝統ある公募展「白日展」で初入選を果たす。1950年(30歳)には釧路市で、看板制作などの商業美術を手がける「光工芸社」を設立。この時期に帝展画家の上野山清貢と出会い師事したことが、画家としての本格的な出発点となった。
パリでの活躍と国際的評価
1957年(37歳)、単身で渡仏し、以降32年間にわたりパリを拠点に制作活動を行う。翌1958年にはサロン・デ・アンデパンダンに出品し、パリのモランタン画廊と契約を結ぶ。その後、1960年(40歳)のシェルブール国際展でのグランプリ受賞、1961年(41歳)のモナコ国際展でのボジオ賞受賞と、瞬く間に国際的な名声を得るに至った。
1963年(43歳)にはサロン・ドートンヌの会員に推挙され、1965年(45歳)にはル・サロン・デ・アーチスト・フランゼーズで金賞を受賞し、以降の出品審査が免除される最高待遇「無鑑査」となる快挙を成し遂げる。日本国内でも小田急百貨店などで幾度も個展を開催し、フランスと日本の両国での高い評価を確立。1989年、68歳で逝去。パリ・モンパルナスにて追悼会。その功績から、都留市名誉市民第1号の称号を授与された。
市井の人々への温かな眼差しと「水のマスダ」
増田誠の作風の最大の魅力は、パリの街角や港、そこで暮らす市井の人々の日常を、親しみと深い愛情を込めて描き出した点にある。新聞売りやカフェに集う人々など、何気ない生活の中に漂う哀歓を温かな筆致で捉えた作品群は、見る者の心を打つ普遍的な魅力を持っている。
水面の反射や揺らぎの描写が極めて巧みであったことから、フランス本国で「水のマスダ」と称賛された。晩年には故郷・山梨の富士山を描いた風景画や、ギリシャ神話などを題材とした大作にも挑み、油彩だけでなく版画など多岐にわたる表現で豊かな芸術世界を築き上げた。
主な作品収蔵先
ミュージアム都留(旧・増田誠美術館、山梨県都留市)、パリ市(作品買上)など。









