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高島野十郎「蝋燭(ろうそく)」複製画 特殊美術印刷 手彩色仕上げ 巧藝画

価格: ¥110,000 (税込)
数量: 点
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暗闇に浮かぶ一本の炎 高島野十郎(たかしま・やじゅうろう)「蝋燭(ろうそく)」

高島野十郎が生涯を通じて描き続けた代表的な画題「蝋燭」を、大塚巧藝社の巧藝画で再現した複製画です。キャンバスへの特殊美術印刷に手彩色を施し、闇の中で揺らめく炎の光を丹念に表現。画寸約21.5×14.5cmの小さな画面に、野十郎が追い求めた光と闇の世界が凝縮されています。

生涯描き続けた、特別な「蝋燭」

「蝋燭」は、高島野十郎が生涯を通じて繰り返し描いた代表的な画題です。小さな画面の中央に一本の蝋燭を置き、そのほかにはほとんど何も描かないという、極めて簡潔な構成を特徴としています。

野十郎はこれらの「蝋燭」を展覧会で発表することも、販売することもなく、自分にとって大切な人や親しい友人・知人へ、感謝の気持ちを込めて一枚一枚手渡したと伝えられています。現在知られている作品は数十点。それぞれ炎の輝きや蝋燭の太さ、長さが異なり、ひとつとして同じものはありません。

光と闇を見つめ続けた画家

野十郎の画業を特徴づけるもののひとつが、「蝋燭」「月」「太陽」に代表される光の作品です。風景の中に差し込む光を描くだけではなく、光そのもの、そしてその対極にある闇を見つめ、写実による表現を追求しました。

暗い画面の中央で静かに燃える一本の蝋燭。何を照らしているのかは描かれていません。それゆえに、見る人の心やその時々の気持ちによって、炎はさまざまな表情を見せます。小さな画面でありながら、長く見つめていたくなる深い余韻をたたえた作品です。

特殊美術印刷と手彩色で再現

本作は、美術品の復刻や文化財に関わる仕事を長年手がけてきた大塚巧藝社による「巧藝画(こうげいが)」です。キャンバスに特殊美術印刷を施し、さらに熟練の絵師が一枚一枚手彩色を重ねて仕上げています。

巧藝画は、大塚巧藝社の創立者・大塚稔が、横山大観の提唱を受けて約100年前に創始した複製画です。精密な美術印刷だけに頼らず、熟練した人の手による彩色を加えることで、原作の色彩や絵肌、作品がもつ雰囲気をできる限り再現しています。

没後50年、あらためて注目を集める高島野十郎

2025年から2026年にかけて、没後50年を記念した大規模な回顧展「没後50年 高島野十郎展」が全国6会場を巡回。代表作「蝋燭」や「月」をはじめ、初公開作品を含む約150点によって、その画業の全貌に迫る過去最大規模の展覧会です。

千葉県立美術館を皮切りに、故郷・福岡の福岡県立美術館、豊田市美術館、大阪中之島美術館、渋谷区立松濤美術館、宇都宮美術館へと巡回。生前には広く知られることのなかった野十郎ですが、没後、その独自の写実表現と、自らの理想を追い続けた画業への評価が高まりました。

「没後50年 高島野十郎展」巡回スケジュール

※展覧会の公式表記では、「高」の字に「はしごだか」を使用しています。

  • 千葉県立美術館 2025年7月18日~9月28日
  • 福岡県立美術館 2025年10月11日~12月14日
  • 豊田市美術館 2026年1月6日~3月15日
  • 大阪中之島美術館 2026年3月25日~6月21日
  • 渋谷区立松濤美術館 2026年7月4日~9月6日
  • 宇都宮美術館 2026年9月20日~12月6日

作品仕様

技法
巧藝画(特殊美術印刷・手彩色)
画面
キャンバス
画寸
タテ 21.5 × ヨコ 14.5 cm
額寸
タテ 43.0 × ヨコ 36.0 × 厚さ 5.0 cm
制作
株式会社 大塚巧藝社
付属品
特装額(前面アクリル)、黄袋、紙タトウ箱
生産地
日本
モチーフ
蝋燭、炎
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高島野十郎「蝋燭(ろうそく)」複製画 特殊美術印刷 手彩色仕上げ 巧藝画

価格: ¥110,000 (税込)
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高島野十郎 (TAKASHIMA Yajuro) 1890-1975

東京帝国大学から画家の道へ

1890(明治23)年、福岡県御井郡合川村、現在の久留米市に生まれる。本名は高嶋彌壽(やじゅ)。中学時代から油彩画を描き始め、旧制第八高等学校を経て東京帝国大学農学部水産学科へ進学。1916(大正5)年に同学科を首席で卒業したが、その後は画家の道を選び、独学で絵画制作に打ち込んだ。

流行に迎合せず、写実を追求

画業の初期には小さな絵画グループ「黒牛会」で活動した時期もありましたが、その後は美術団体に属さず、個展を中心に作品を発表しました。1930(昭和5)年にはアメリカを経由してヨーロッパへ渡り、スコットランド、ベルギー、オランダ、フランス、イタリアなどを訪れています。

風景や静物を細部まで見つめ、徹底した写実によって描き続けた野十郎。その作品は単なる写真的な再現にとどまらず、対象そのものの存在感や、光、空気までも感じさせる独自の世界を築いています。

「蝋燭」「月」「太陽」――光と闇の探究

野十郎を象徴する画題として知られるのが「蝋燭」です。小さな画面の中心に一本の蝋燭を描き、炎の光とその周囲を包む深い闇を見つめ続けました。また「月」や「太陽」も繰り返し描き、光そのものを絵画の主題とする独自の表現を追求しています。

なかでも「蝋燭」は、生涯を通じて描き続けながら展覧会には出品せず、親しい人々へ感謝の気持ちを込めて贈ったと伝えられる特別な作品群です。一本の炎だけが浮かび上がる簡潔な画面は、今なお多くの人を惹きつけています。

没後に進んだ再評価

生前、その画業が広く知られることはありませんでしたが、1975年に85歳で没したのち、1980年に福岡県文化会館で作品が紹介されたことをきっかけに評価が始まりました。1986年には福岡県立美術館で初の回顧展が開催され、その後も各地で展覧会が重ねられています。

没後50年にあたる2025年から2026年には、初公開作品を含む約150点を紹介する過去最大規模の回顧展「没後50年 高島野十郎展」が全国を巡回。独自の写実表現と、自らの理想を追い続けた画業が、あらためて注目されています。

※展覧会の公式表記では、「高」の字に「はしごだか」を使用しています。

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