蒸気と光が交錯する、熱気あふれる駅の情景
ガラス屋根から差し込む光が蒸気にさまざまな色を与え、幻想的な風景が生み出されています。モネが少年時代を過ごしたル・アーブルへの汽車が発着する、パリのサン・ラザール駅。1877(明治10)年にモネは、この駅をモチーフにした連作を制作しました。こちらはその12点の中のひとつで、原画はオルセー美術館に所蔵されています。
アメリカ・ロサンゼルスの工房Studio Art Flag制作による版画です。横幅82.5cmの存在感あるエレガントな額装で、空間に芸術の華を添えます。
作品仕様
- 技法
- ピエゾグラフ
- 限定
- 350部+EA(PP)50部
- 画寸
- タテ 44 × ヨコ 54.5 cm
- 額寸
- タテ 72 × ヨコ 82.5 cm
- 制作
- 2021年、Studio Art Flag (アメリカ・ロサンゼルス)
- サインなど
- 画面右下に摺師(すりし)サイン
- 証明
- 画面左下に版元の品質検査委員会エンボス、中央に版元のエンボス、額裏に版元による証明書貼付
- 付属品
- 額付き
- モチーフ
- 風景、駅、汽車
Studio Art Flagとは
アメリカ・ロサンゼルスの版画制作スタジオです
シルクスクリーン、リトグラフ、ジグレー、ピエゾグラフなど多様な版画作品を作っています。作品の用紙選びから、刷り上がりまでを一貫して手掛けている工房です。
象徴的な「LOVE」を生み出したロバート・インディアナやアメリカ現代美術の巨匠ドナルド・サルタンなど、多くのアーティストの作品制作を経験してきたNijel Barnsの指揮のもと、優れた摺り師たちが制作しています。
原画について
モネ 「サン=ラザール駅」
画寸:タテ 75.5 × ヨコ 105 cm
技法:カンバスに油彩
制作年:1877年
所蔵:オルセー美術館(フランス・パリ)
原画についてのまめ知識
モネがサン=ラザール駅で描いている様子を、ジャーナリスト、ユーグ・ル・ルー(Hugues Le Roux 1860–1925)が目撃していて、回顧録(1989)に記しています。
I remember having noticed a man in the Gare Saint-Lazare perched with his easel on a pile of crates. It was a warm summer Sunday. Parisians were leaving town in droves.
I moved closer because I wanted to know who couldn't wait till he got to the first stop before hauling out his paints and putting up his umbrella. It was Claude Monet. He was doggedly painting the departing locomotives. He wanted to show how they looked as they moved through the hot air that shimmered around them. Though the station workers were in his way, he sat there patiently, like a hunter, brush at the ready, waiting for the moment when he could put paint to canvas. That's the way he always works: clouds aren't any more obliging sitters than locomotives.
(引用:Juliet Wilson-Bareau, Manet, Monet, and the Gare Saint-Lazare. National Gallery of Art, Washington. Yale University Press. New Haven & London. 1998, pp.123-126)
【参考訳】
私は、サン=ラザール駅で、木箱が山積みになった上にイーゼルを据えている男を見かけたことを覚えている。夏の暑い日曜日で、パリの人々は続々と郊外へ出かけていった。
私は近づいてみた。最初の停車駅に着くのも待てずに絵の具を取り出し、傘を立てているのが誰か知りたかったからだ。それはクロード・モネだった。彼は、発車していく機関車をひたすら描いていた。暑さに揺らぐ空気の中を進む機関車が、どのように見えるかを表そうとしていたのである。駅員たちが視界をさえぎっても、彼は辛抱強くそこに座り、まるで獲物を待つ狩人のように、筆を構えたまま、絵筆をキャンバスに置くべき瞬間を待っていた。彼はいつもそんなふうに制作する。雲だって、機関車に負けず劣らず、じっとしていてはくれないのだから。
クロード・モネ (Claude Monet) (1840-1926)
経歴と「印象派」の誕生
1840年、フランス・パリに生まれる。青年期をル・アーヴルの港町で過ごす。16歳で画家の道を歩み始め、1870年(30歳)、普仏戦争を避けて滞在していたロンドンでターナーやコンスタブルの作品に触れ、外光がもたらす明るい色彩表現に開眼した。写実的で堅苦しいサロン(官展)芸術が主流だった当時のフランス絵画界において、その旧態依然とした体制と決別。ピサロ、ルノワール、シスレーらの仲間とともに、1874年に自由な感性で新たなグループ展を開催した。「印象派」という名称は、この展覧会(後に第1回印象派展と呼ばれる)に出品された作品《印象・日の出》に由来している。
光の探求と「睡蓮」の連作
時間や季節とともに移りゆく光と色彩の変化を生涯にわたり追求した。1880年代(40代)後半から晩年にかけては、一つのテーマを様々な天候や季節のもとで描く「連作」へと表現を深めていく。特に、ジヴェルニーの自宅の庭に造られた池を描いた《睡蓮》の連作は300点以上制作され、光と色彩の探求におけるモネの芸術の集大成となった。
美術史における評価
輪郭線をなくし、自然の光のきらめきをキャンバスに表現したモネの技法は、近代絵画の扉を大きく開いた。とくに、晩年の《睡蓮》に見られる画面構成は、後の抽象表現主義など20世紀美術にも多大な影響を与えている。移ろいゆく自然の一瞬の美しさを永遠に留めたその作品群は世界中で愛されており、印象派を代表する画家としてゆるぎない国際的評価を得ている。
主な作品収蔵先
オルセー美術館(パリ)、オランジュリー美術館(パリ)、マルモッタン・モネ美術館(パリ)、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、国立西洋美術館(東京)など。









