スペイン南部セビリアから約30km、高台にあるカルモーナ(Carmona)は、フェニキア・カルタゴ・ローマほか数々の民族に支配され、軍事的にも重要な場所として古くから栄えた町として知られています。
14世紀のカスティーリャ王ペドロ1世の居城(現在は国営ホテル、パラドール)をはじめ、歴史的建造物と遺跡は世界中の人々を魅了し、訪れる人が絶えません。アンダルシアの広野に浮かぶ町、カルモーナ。鮮やかに咲くひなげしのじゅうたんの向こうには、真っ青な空に映えるサン・ペドロ教会(Iglesia de San Pedro)が見えます。
作品仕様
技法 | 油彩 |
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画寸 | タテ 52.5 × ヨコ 72 (P20号) cm |
額寸 | タテ 71 × ヨコ 90 cm |
サインなど | 自筆サイン有り |
状態 | 良 |
その他 | 額付き |
作者・大矢邦昭画伯からのコメント
カ ル モ ー ナ の ひ な げ し
( Carmona desde las amapolas /カルモーナ・デスデ・ラス・アマポーラス )
イベリア半島のど真ん中に位置するスペインの首都マドリードから、まっすぐに南下するアンダルシア街道をずんずんと進む。300km弱下った辺りで街道は西へ緩やかにカーブし始め、やがてはコルドバを通過してアンダルシア地方の中心都市であるセビリアに到着する。
そのセビリアの手前、マドリードから500kmの所にカルモーナがある。街道からは、断崖絶壁の上に建つ、現在はパラドールとなっているアラブの城砦が見える。中世の頃にスペイン南部やモロッコ等のアフリカ北岸を領域として栄えたイスラム王朝のなごりである。
街道を離れてからその城砦を右手に見送りながら坂道を登って行くと、このカルモーナの旧市街の西側に当たる正面入り口にたどり着くが、既に途中から紀元前にカルタゴによって造られた防砦であるセビリア門の城砦が右手に垣間見える。アンダルシア地方最堅固な砦とシーザーに言わしめたものだ。そして旧市街のすぐ外側 (と言っても現在では街の中心だ) に建つサン・ペドロ教会が行く手前方左手に現われて来る。塔がセビリアの中心にあるヒラルダの塔に良く似ている。
カルタゴ、ローマ、そしてイスラム等、歴史の宝庫と言っても言い過ぎでないこの街は、建物全てがしっかりと大地に根を下ろしている様な、あるいは大地から生まれた様な印象を受ける。その色合いは、赤茶とこげ茶の石造りに家々の白壁がハーモニーを奏でている。しかも、初夏を思わせる様な晴天の日にカルモーナの入り口でひなげしの群生に迎えられると別天地の空間に迷い込んだ錯覚に捕らわれる。
【カルモーナの位置】 セビーリャの北東約37km
■マドリードからセビーリャまで■
高速列車AVE(アベ)で約2時間30分(約470km)
※参照:トーマスクック・ヨーロッパ鉄道時刻表
運命に導かれてスペインへ...
30年以上暮らしても“スペインの魅力は尽きない”と語る画家・大矢邦昭。現在はマドリードを拠点に制作活動を展開し、スペイン・フランス・日本・米国及びベルギーで精力的に作品発表しています。
花の輝き、土の匂い、建物の力強さ...長年暮らし続けた画家だからこそできる表現。スペインの色彩と風をぜひ貴方のお手元でお愉しみ下さい!!
雑誌掲載記事
ポアディージャ・デル・モンテ(マドリード)の村長アントニオ・ゴンサーレス・テロール氏も大矢画伯を高く評価しています

大矢 邦昭 (おおや くにあき)プロフィール
1951年 山梨県甲府市生まれ
甲府南高、千葉工大(電子工学)、マラガ大(スペイン語)に学ぶ。
20歳頃から独学で油彩画を始め、1980年に美術的造詣を更に深める為にスペイン・マラガへ。
翌年セビリアに移住。画家・評論家・歴史家・実業家等からなるグループ 「アルチ・アカデミア」 と交友が始まる。
1982年よりマドリードに暮らす。1994-96年 シルクロ・デ・ベジャス・アルテス(マドリード)でデッサンを研究。
1996-2000年 コンプルテンセ大学(マドリード)銅版画教授マヌエル・アイジョン氏に銅版画技術を習う。
1998年 ローマ法王に謁見・作品を献上、バチカン美術館に収蔵される。
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